名前のない定理

マニアックな数学

自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #6

定理5は整基底の存在定理でした.この証明を読むと\alphaを体の生成元,mを体の次元,d(\alpha)を判別式,\omega_1,\ldots,\omega_mを整基底とすると
\omega
\omega = \frac{A_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + \cdots + A_m \alpha^{m-1}}{d(\alpha)}
と表現されることが分かります.ここでA_iは有理整数です.

今回はこの定理を愚直に用いて具体的な体の整基底を決定してみます.

例:\alpha = 1 + \sqrt{2} + \sqrt{3} + \sqrt{6}として体\mathbb{Q}(\alpha)の整基底を決定する.
初めに\alphaの最小多項式を求める.
\alpha^2,\alpha^3,\alpha^4を計算し,1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の線形結合であらわす.x^4 = ax^3 + bx^2 + cx + dと仮定し,1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の係数に関して連立一次方程式を立ててそれを解くと,x^4 - 4 x^3 - 16x^2 -8x+4=0\alphaの最小多項式と分かる.

この最小多項式の他の根は\alpha' = 1-\sqrt{2} + \sqrt{3}-\sqrt{6},\alpha'' = 1+\sqrt{2} - \sqrt{3} - \sqrt{6},\\ \alpha''' =  1 - \sqrt{2}-\sqrt{3} + \sqrt{6}
となる.\alphaのDifferente\delta(\alpha)\delta(\alpha) = (\alpha - \alpha')(\alpha - \alpha'')(\alpha-\alpha''') =\\ (2\sqrt{2} + 2\sqrt{6})(2\sqrt{3}+2\sqrt{6})(2\sqrt{2}+2\sqrt{3}) = 8*(12+9\sqrt{2} + 8 \sqrt{3} + 5 \sqrt{6})となる.

\alphaの判別式d(\alpha)はDifferente\delta(\alpha)のノルムなのでこれを計算して,n(\alpha) = 589824 = 2^{16}\cdot 3^2となる.定理5の証明から体\mathbb{Q}(\alpha)の整数は
\omega = \dfrac{ A_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + A_4 \alpha^3}{2^{16} \cdot 3^2}
の形をしていることが分かる.

どの形の数が整数になるかは次のようにして決定する.まずA_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + A_4 \alpha^3は有理整数a,b,c,dを用いてa + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}と書き直せるので,\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d \sqrt{6}}{2^{16}\cdot 3^2}が整数になる条件を決定すればよい.また\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}}{2^{16} \cdot 3^2}のうち整数があったとき,適当に有理整数倍をすれば\dfrac{a + b \sqrt{2} + c\sqrt{3} + d \sqrt{6}}{2}の形式のうちに整数があることになる.さらに1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}は整数なので,それらを適切に差し引けば,a,b,c,d0,1のいずれかとしてよい.そこでまずこの分母が2の形式の中で整数になるものを探す.

総当たりで探索すると\dfrac{\sqrt{6} + \sqrt{2}}{2}が整数であることが分かる.

同様に形式\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}}{3}の中で整数になるものを探す.ここでちょっとだけ面白い計算方法を発見したので紹介する.数\dfrac{a+ b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d \sqrt{6}}{3}(a,b,c,d)であらわす.

補題1: a \equiv a' , b \equiv b' ,c \equiv c' , d \equiv d' \pmod{3}であるとき
(a,b,c,d)が整数であることと (a',b',c',d')が整数であることは同値.
補題2:(a,b,c,d),(a',b',c',d')が整数,\mu,\nuが有理整数のとき,
(\mu a + \nu a', \mu b + \nu b',\mu c + \nu c' , \mu d + \nu d')は整数である.
これらは定義より明らか.

またある代数的数が整数ならば,その共役も整数であることを用いて次のような計算ができる.
(1,1,1,1)が整数かどうか調べよう.このとき共役(1,2,1,2),(1,2,2,1),(1,1,2,2)も整数となる.さらにこれらを2倍したもの
(2,2,2,2),(2,1,2,1),(2,1,1,2),(2,2,1,1)も整数となる.これらを引き算していくと
(0,1,0,1),(1,0,1,0),(1,1,1,1),(0,1,1,0),(1,0,0,1),(0,0,1,1),(1,1,0,0)も整数となる.
(1,0,1,0) + (1,1,0,0)-(0,1,1,0) = (2,0,0,0)となるので,もし(1,1,1,1)が整数だとすると(2,0,0,0) = \dfrac{2}{3}も整数となり矛盾である.従って(1,1,1,1)は整数でない.

この計算は(1,1,1,1)に関する最小多項式を求めることなく容易に行える.さらに\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の具体的な数字に影響されない.よってガロア群などの構造が同じであれば(1,1,1,1)はすべて整数でないことが分かる.

長くなったので記事を分割します.このことを応用するとp,qを有理素数としたとき,\mathbb{Q}(\sqrt{p},\sqrt{q})の整数環について何らかの情報が得られそうです.具体的にはrを奇素数とするとき,\dfrac{a + b \sqrt{p} + c \sqrt{q} + d \sqrt{pq}}{r}は整数となり得ない.(追記:トレースをとることで簡単に示せるそうです)