名前のない定理

マニアックな数学

自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #3

前回の記事で体の生成元,および共役数を定義しました.しかしこの定義には一つ問題があります.

K有理数\mathbb{Q}の代数拡大とし,\thetaを体Kの生成元とします.\thetaの次数をnとします.ヒルベルトは体Kの数\alphaの共役数を次のように定義したのでした.

\alpha有理数c_1,c_2,\ldots,c_nを用いて
\alpha = c_1 + c_2 \theta + c_3 \theta^2 + \cdots + c_n \theta^{n-1}
と表し,\alphaの共役数を
\alpha' = c_1 + c_2 \theta' + c_3 {\theta'}^2 + \cdots + c_n {\theta'}^{n-1}
と定義します.ここで\theta'\thetaが満たす有理数上の最小多項式の別の根です.

これのどこが問題かというと,体Kの生成元の取り方は一通りには定まらないということです.例えば\psiを体Kの別の生成元だとしましょう.このとき\psiを用いて作られた数\alphaの共役数は\thetaを用いて作られた共役数と等しくなるかどうかは証明が必要な事柄です.

今回の記事ではこのことを考えていきます.

目標:\thetaを用いて作られた共役数と\psiを用いて作られた共役数は一致するか?

補題1:\theta,\theta'を最小多項式が等しい代数的数とする.
有理数係数多項式f(x)をとる.このとき有理数c_1,\ldots,c_nを用いて
f(\theta) = c_1 + c_2 \theta + \cdots + c_n \theta^{n-1}
となるならば
f(\theta') = c_1 + c_2 \theta' + \cdots + c_n{\theta'}^{n-1}
とできる.

正直に告白すると直感的に明らかなこの補題をどうすれば厳密に証明できるかわかりませんでした.証明になっているかどうかわからないものを書いておきます.

証明:\thetaの最小多項式A(X)とすると.\mathbb{Q}(\theta) \simeq \mathbb{Q}(X)/A(X)\simeq \mathbb{Q}(\theta')がそれぞれ同型.f(\theta)\mathbb{Q}(X)/A(X)で計算し,それを\mathbb{Q}(\theta')に写せばよい.

\thetaは体Kの生成元でしたので,有理数a_1,\ldots,a_nを用いて
\psi = a_1 + a_2 \theta + \cdots + a_n \theta^{n-1} とできます.
ここで\psi'\psi' = a_1 + a_2 \theta' + \cdots + a_n{\theta'}^{n-1}で定義します.このとき補題1から\psi,\psi'は同じ最小多項式を満足することが分かります.つまり\psi,\psi'は互いに共役の関係にあることが分かりました.

\alpha = c_1 + c_2 \theta +\cdots + c_n \theta^{n-1} = d_1 + d_2 \psi + \cdots + d_n\psi^{n-1}とします.ここで\psi,\psi'を軸に共役数\alpha_\psiを作ると,\alpha_\psi = d_1 + d_2 \psi' + \cdots + d_n {\psi'}^{n-1}となります.
f_1(x) = a_1 + a_2 x + \cdots + a_n x^{n-1},f_2(x) = d_1 + d_2 x + \cdots + d_n x^{n-1}とすると
\alpha =f_2(f_1(\theta)),\alpha_\psi = f_2(f_1(\theta'))となります.従って
\alpha_\psi = c_1 + c_2\theta' + \cdots + c_n {\theta'}^{n-1}となり,これは\theta,\theta'を軸にして作った共役数と等しくなることが分かりました.