名前のない定理

マニアックな数学

自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #9

ヒルベルトは次にイデアルを定義します.

「体kの無限個の代数的整数\alpha_1,\alpha_2,\ldotsの集合が,任意の線形結合\lambda_1\alpha_1 + \lambda_2\alpha_2 + \cdotsが再びその集合に属するという性質を持つとき,この集合をイデアル\mathfrak{a}という.ここで\lambda_1,\lambda_2,\ldotsは体kの代数的整数である.」

イデアルには基底が存在することが定理6の内容です.

「定理6:イデアル\mathfrak{a}に対し,m個の代数的整数(mは体の次元)\iota_1,\ldots,\iota_mが存在して,イデアル\mathfrak{a}の数\iotaが線形結合
\iota = l_1 \iota_1 + \cdots + l_m \iota_m
で一意に表される.ここでl_1,\ldots,l_mは有理整数である.」

イデアルを生成元で表示することが導入されます.

\alpha_1,\ldots,\alpha_rr個の数であり,イデアル\mathfrak{a}のすべての数が体に属する代数的整数\lambdaを係数とする\alpha_1,\ldots,\alpha_rの一次結合で表現されるとき,私は短く\mathfrak{a} = (\alpha_1,\ldots,\alpha_r)と書く.」

ここで一度ヒルベルトを追うのを中断し,次のような問題を立ててみました.

問題:生成元表示されたイデアル(\alpha_1,\ldots,\alpha_r)の基底を求める方法を見出せ.

ある数\iotaイデアルに属するかどうかを決定する問題は,生成元表示だとやりにくいのでこのような問題を立てました.

解答:体の整基底を\omega_1,\ldots,\omega_mとする.\alpha_i \omega_j\omegaの線形結合で表す.
\alpha_i \omega_j = a^{1}_{ij}\omega_1 + \cdots + a^{m}_{ij} \omega_m
係数は有理整数である.この係数をもとに行列を作る.
A = \left( \begin{array}{ccccc}
a^{1}_{11} & \cdots & a^{1}_{ij} & \cdots & a^{1}_{rm} \\
\vdots & \ddots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a^{m}_{11} & \cdots & a^{m}_{ij} & \cdots & a^{m}_{rm}
\end{array} \right)
この行列に列の基本変形を行う.残った列
C = \left( \begin{array}{ccc}
c_{11} & c_{21} & \cdots \\
\vdots & \vdots & \vdots \\
c_{1m} & c_{2m} & \cdots 
\end{array} \right)
から(0,0,\ldots,0)でない列を取り出し,s_1 = c_{11}\omega_1 + \cdots + c_{1m}\omega_mなどを作ると,これらのs_1,\ldots,s_mイデアルの基底となる.

証明:イデアルの数\iotaを整基底で表示する.
\iota = b_1\omega_1 + \cdots + b_m \omega_m
このとき\iotaはある有理整数の組d_{ij} (1 \leq i \leq r,1\leq j \leq m)を用いて
\iota = \sum d_{ij} \alpha_{i}\omega_{j}
と表現できる.すなわち
\left( \begin{array}{c}
b_1 \\
\vdots \\
b_m
\end{array} \right)
 = A 
\left( \begin{array}{c}
d_{11} \\
\vdots \\
d_{mm}
\end{array}
\right)
が成り立つ.列の基本変形を施すことは基本行列を右からかけることに等しい.すべての基本変形を行ったときの基本行列をPとすると
\left( \begin{array}{c}
b_1 \\
\vdots \\
b_m
\end{array} \right) = 
AP P^{-1}
\left( \begin{array}{c}
d_{11} \\
\vdots \\
d_{mm}
\end{array}
\right)
となる.
P^{-1}は有理整数係数の可逆行列なので,上の式を満たす有理整数の組d_{ij}が存在することと,
\left( \begin{array}{c}
b_1 \\
\vdots \\
b_m
\end{array} \right) = C 
\left( \begin{array}{c}
e_{11} \\
\vdots \\
e_{mm}
\end{array} \right)
なる有理整数の組e_{ij}(1 \leq i \leq r,1 \leq j \leq m)が存在することは同値.ここでAP = Cを用いた.
この式からイデアルの任意の数\iotas_k = c_{1k}\omega_1 + \cdots + c_{mk}\omega_m (1 \leq k \leq m)の有理整数係数の一次結合で表現できる.従ってこのs_k(1\leq k \leq m)イデアルの基底である.(証明終わり)

熟練した人から見れば簡単な問題でしょうが,手こずってしまいました.これで生成元表示されたイデアルを基底表示に変形することができます.ある数\iotaイデアルに属するかどうかを決定する問題は,基底表示を用いるほうが楽です.

ガウス整数論の計算を少しだけ楽に追う方法 #2

ガウス整数論の以前の記事で次のような計算をしました.

box-white.hatenablog.com

a = Ap^2 + 2Bpq + Cq^2 = Ar^2+2Brs+Cr^2
b = Apr+ B(ps+qr) + Cqs
とするとき
(AC-B^2)(ps-qr)^2 = a^2-b^2
が得られる.
(前回の記事とは文字を変えています.\alpha \mapsto pなど.)

私はこの等式をグレブナー基底を用いて確認しようとしました.つまりf_1 = a-Ap^2-2Bpq-Cq^2
f_2 = a - Ar^2-2Brs-Cr^2
f_3 = b - Apr-B(ps+qr)-Cqs
と置き,多項式イデアルII = (f_1,f_2,f_3)で定義し,グレブナー基底を求め,
(AC-B^2)(ps-qr)^2 - a^2 + b^2イデアルIに属するかどうか計算させようと考えました.

このとき偶然面白い現象を見つけたので報告したいと思います.

イデアルIA,B,C,p,q,r,s,a,bのlex順序でグレブナー基底を計算すると,その中に次のような等式が現れます.
C(ps-qr)^2 = p^2 a - 2prb+r^2a
次にB,C,A,p,q,r,s,a,bのlex順序を使うと
A(ps-qr)^2 = q^2 a - 2 qs b + s^2 a
最後にC,A,B,p,q,r,s,a,bのlex順序を使うと
B(ps-qr)^2 = (pq+rs)a - (ps+qr)b
となります.グレブナー基底の定義からこれらの等式は前提の三つの式を仮定するとすべて正しいことになります.

さらにp,q,r,s,a,b,A,B,Cのlex順序を使うと
(AC-B^2)(q^2 a + s^2 a - 2qsb)-A(a^2-b^2)
グレブナー基底の中に登場します.これと前段落二番目の式と組み合わせることで
A(AC-B^2)(ps-qr)^2 = (AC-B^2)(q^2a-2qs b + s^2 a) = A(a^2-b^2)
となります.ガウス整数論の文脈ではA \neq 0としていたので,ここから
(AC-B^2)(ps-qr)^2 = a^2 - b^2
が得られます.これは最初に目標にしていた等式でした.ガウスの巧妙な式変形がグレブナー基底を使うことで,簡単に再現できました.

さらにq,p,s,r,a,b,A,B,Cのdeglex順序を使うと,次の二つの式がグレブナー基底のうちに現れます.
p(qr-ps)(AC-B^2) = -(sC+rB)a + (qC+pB)b
r(qr-ps)(AC-B^2) = (qC+pB)a - (sC+rB)b
そしてp,q,r,s,a,b,A,B,Cのdegrevlex順序を使うと
q(qr-ps)(AC-B^2) = (rA+sB)a - (pA+qB)b
s(qr-ps)(AC-B^2) = -(pA+qB)a+ (rA+sB)b
が得られます.この四つの式からp,q,r,sの比に関する非自明な等式が得られます.これはガウス整数論にも載っていなかったものです.(ガウスにとって必要なかっただけなのかもしれませんが)

このようにグレブナー基底を使うことで意味深な式を「思いつく」ことができます.この方法を使えば今まで見落としていた巧妙な式変形が見つかるかもしれません.

行列式は平行四辺形の面積ですか?

平面上四つのベクトル\vec{0},\vec{a},\vec{b},\vec{a}+\vec{b}で作られる平行四辺形の面積を求めて行きます.この平行四辺形をP(\vec{a},\vec{b})と表すことにします.\vec{a} = (a_1,a_2),\vec{b} = (b_1,b_2)とすると平行四辺形の面積は= |a_1 b_2 - b_1 a_2|となります.これを示していきましょう.

実数tに対して平行四辺形を平行四辺形に変える二つの変換A(t),B(t)を考えます.
A(t), P(\vec{a},\vec{b}) \mapsto P(\vec{a}+t\vec{b} ,\vec{b})
B(t) ,P(\vec{a},\vec{b}) \mapsto P(\vec{a},\vec{b}+t\vec{a})

定理1:二つの変換A(t),B(t)は等積変形である.すなわち変換後の平行四辺形の面積は変換前の平行四辺形の面積に等しい.

図形的に証明します.変換A(t)は二つの頂点\vec{a},\vec{a} + \vec{b}をそれぞれベクトル\vec{b}の向きに同じ距離だけ動かしたものに他なりません.このとき二点\vec{0},\vec{b}を結んだ辺は変化せずそれに対する高さも変化しません.よって面積は変わらないことになります.変換B(t)に対しても同じです.(証明終わり)

次に平行四辺形から実数を作る関数\mathrm{det}を次のように定義します.

定義2:
\vec{a} = (a_1,a_2),\vec{b} = (b_1,b_2)のとき平行四辺形P(\vec{a},\vec{b})\mathrm{det}
\mathrm{det}(P) = a_1b_2 - b_1 a_2
で定義する.

定理3:平行四辺形PA(t)で変換した平行四辺形をQとする.このとき\mathrm{det}(P) = \mathrm{det}(Q)である.変換B(t)に対しても同様のことが成り立つ.

証明:平行四辺形Pを形作る二つのベクトルを\vec{a} = (a_1,a_2),\vec{b} = (b_1,b_2)とする.変換A(t)を施した後の平行四辺形Q\vec{a'} = (a_1 + t b_1,a_2 + t b_2),\vec{b} = (b_1,b_2)より作られる.
このとき\mathrm{det}(Q) = (a_1 + t b_1) b_2 - (a_2 + t b_2) b_1 = a_1 b_2 - a_2 b_1 = \mathrm{det}(P)となる.(証明終わり)

平行四辺形Pの面積を求めて行きます.変換A(t),B(t)を次々に行うことで平行四辺形を長方形Qにすることができます.このとき長方形の面積と\mathrm{det}(Q)の絶対値は等しくなります.(自分で考えてみましょう)
定理1から平行四辺形Pの面積と長方形Qの面積は同じです.また定理3から\mathrm{det}(P) = \mathrm{det}(Q)です.
よって(平行四辺形Pの面積)=(長方形Qの面積)= |\mathrm{det}(Q)| = |\mathrm{det}(P)|となり,
平行四辺形Pの面積は|a_1b_2-b_1a_2|と等しくなります.

平行四辺形の公式について,この形の証明はネットに落ちてなかったので記事を書きました.この方法なら行列式の性質さえ確認しておけば,三次元の平行六面体の体積についても同様の証明ができます.

自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #8

整基底を求める問題で共役数を用いる方法を解説してきました.今回はx^3 - 3x + 1 = 0の根\alpha有理数体に添加した体\mathbb{Q}(\alpha)の整基底を求めて行きます.

x^3 - 3x+1 = 0の三つの根を\alpha,\beta,\gammaと置く.d(\alpha) = (\alpha - \beta)^2(\alpha-\gamma)^2(\beta- \gamma)^2 = 81\neq 0 より\alphaは体\mathbb{Q}(\alpha)の生成元である.

判別式d(\alpha) = 81有理数の平方なので,この拡大はガロア拡大である.従って別の根\beta\alphaの有理式で表現できる.具体的にこれを求めて行く.まず\alpha + \beta + \gamma = 0,\alpha \beta + \beta \gamma + \gamma \alpha = -3から\alpha^2 + \alpha \beta + \beta^2 = 3となる.判別式から(\alpha-\beta)(\alpha - \gamma)(\beta - \gamma) = 9となる.(符号の任意性があるがこの後の展開では問題にならない.)この式に\alpha + \beta + \gamma = 0を用いて\gammaを消去し,\alpha,\betax^3-3x+1 = 0の根であることを使えば,2\alpha - 2 \beta + \alpha^2 \beta - \alpha \beta^2 = -3となる.

\alpha^2 + \alpha \beta + \beta^2 = 32\alpha - 2\beta + \alpha^2 \beta- \alpha \beta^2 = -3から\beta^2の項を消去し,\beta\alphaであらわすと,\beta = \dfrac{1}{1-\alpha}となる.ここで0 = \alpha^3 - 3\alpha + 1 = (\alpha -1)(\alpha^2 + \alpha -2) -1を使うと,\beta = 2 - \alpha - \alpha^2となる.これが共役を取る多項式である.

\mathbb{Q}(\alpha)の整基底を求めて行く.判別式が81 = 3^4なので形式
\dfrac{a + b \alpha + c \alpha^2}{3}
のみを考察すればよい.この数を(a,b,c)と置く.

初めに共役数を取る操作を線形写像で表す.\alpha \mapsto 2 - \alpha - \alpha^2,\alpha^2 \mapsto (2 - \alpha - \alpha^2)^2 = 2 + \alphaなので数(a,b,c)の共役を取ると
\left( \begin{array}{ccc}
 1 & 2 & 2 \\
0 & -1 & 1 \\
0 & -1 & 0
\end{array}
\right)
\left( \begin{array}{c}
a \\
b\\
c
\end{array}\right)
に移行する.

次に(a,b,c)\alphaを乗じると(-c,a,b) + c \alphaに移行する.c \alphaは明らかに整数なので(-c,a,b)が整数でないならば(a,b,c)は整数でない.これを繰り返すと(a,b,c) \mapsto ( -c ,a, b) \mapsto ( -b,-c,a) \mapsto ( -a, -b, -c)
となる.これより(-c,a,b)が整数なら(-a,-b,-c)も整数,従って(a,b,c)も整数となる.従って
(a,b,c) , ( -c,a,b) , ( -b, -c ,a)は整数であるかどうかについて運命共同体である.すなわちどれか一つが整数ならば他の二つも整数であり,どれか一つが整数でないならば他の二つも整数ではない.

(a,b,c)を三つの操作,共役数を取る操作と\alphaを乗じる操作,そして整数倍を取る操作で移りあえる関係で分類していく.これらは一蓮托生である.すなわち分類された数のうち一つが整数であれば同じ類にある数はすべて整数であり,整数でなければ同じ類にある数はすべて整数でない.(a,b,c)を分類すると
第一類(0,0,0)
第ニ類(1,0,0) , ( 2,0,0),(0,1,0),(0,0,1),(0,2,0),(0,0,2),(2,1,0),(1,2,0),(1,2,2)\\(2,1,1),(2,0,2),(1,0,1),(1,1,1),(2,2,2),(0,1,2),(0,2,1),(1,1,2),(2,2,1)
第三類(2,0,1),(2,2,0),(0,2,2),(0,1,1),(1,1,0),(1,0,2)
第四類(1,2,1),(2,1,2)
の四つに分類される.

これら四つの類について整数性を試験していく.

第一類:明らかに整数である.

第ニ類:(1,0,0)が整数でないのですべて整数ではない.

第三類:一番簡単な(1,1,0)を用いる.x = (1,1,0)の最小多項式27x^3 - 27x +3 = 0より整数ではない.

第四類:ノルムを取ると\dfrac{N(1+\alpha)^2}{27}となる.N(1 + \alpha) = 3より,ノルムは有理整数とならない.従って元の数も整数ではない.

よって(a,b,c) = \dfrac{a + b \alpha + c \alpha^2}{3}が整数ならa \equiv b \equiv c \equiv 0 \pmod{3}となることが分かった.判別式813以外の有理素数を持たないので,体\mathbb{Q}(\alpha)の整基底は1,\alpha,\alpha^2であることが示された.

真面目にやると3^3 = 27個の数が整数かどうかを試さなければなりませんが,このテクニックを使うと四つの数を試験するだけで済みます.

整基底を求める問題が解決したので,これからの記事では整基底の求め方をいちいち明記しません.私自身もsagemathの結果を信頼
して利用することにします.

2023/3/4追記
第ニ類が整数だとすると,(1,0,0)(2,1,1)が整数となる.このときその和(0,1,1)も整数となる.(0,1,1)は第三類の数である.従って第三類を先に試験し,第三類が整数でないことが分かれば第二類も整数でないことが分かる.さらに第三類の元(1,1,0)(0,1,1)の和は(1,2,1)となる.(1,2,1)は第四類の数である.もし第三類の元が整数であるならば,第四類の元も整数となる.

以上のことをまとめると先に第四類について整数性を試験し,第四類が整数でないことが示されれば,自動的に第二類も第三類も整数でないことが結論できる.

自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #7

前回の記事で\mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3})の整基底を求めようとしていました.そこで形式
\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d \sqrt{6}}{3}
の数,ただしa,b,c,dは有理整数,の中でどの数が整数になるかを決定しようとしていました.そしてこの形式であらわされる数を(a,b,c,d)で表記すると,(1,1,1,1)が整数でないことを共役数をとる議論で示しました.今回はこの続きです.

定理1:(a,b,c,d)a \equiv b \equiv c \equiv d \equiv 0 \pmod{3}とならない限り整数とならない.

証明:(a,b,c,d)が整数ならばその共役数(a,-b,c,-d),(a,b,-c,-d),(a,-b,-c,d)も整数となる.これら4つの数の総和を取ると,(4a,0,0,0)が整数となる.これが整数となるのはa\equiv 0 \pmod{3}のときのみ.また(a,b,c,d) - (a,-b,c,-d) + (a,b,-c,-d) - (a,-b,-c,d) = (0,4b,0,0)となるが(0,4b,0,0) = \dfrac{4b \sqrt{2}}{3}が整数となるのは再び b \equiv 0 \pmod{3}のときのみ.同様の議論でc \equiv 0 , d \equiv 0 \pmod{3}が言える.(証明終わり)

この議論はp,qを奇素数として\mathbb{Q}(\sqrt{p},\sqrt{q})の場合に一般化可能である.すなわちrを奇素数とすると形式
\dfrac{a + b \sqrt{p} + c \sqrt{q} + d \sqrt{pq}}{r}
が整数となるのはa \equiv b \equiv c \equiv d \equiv 0 \pmod{r}となるときに限られる.

さらに分母が8の形式について次のような定理が成り立つ.

定理2:(a,b,c,d)を数
\dfrac{a + b \sqrt{p} + c \sqrt{q} + d \sqrt{pq}}{8}
を表す記号とする.このとき(a,b,c,d)が整数ならば,a,b,c,dはすべて偶数である.

証明:(a,b,c,d)が整数なら,定理1と同様にして(a,b,c,d) + (a,-b,c,-d) + (a,b,-c,-d) + (a,-b,-c,d) = (4a,0,0,0)は整数となる.よって4a \equiv 0 \pmod{8}となり
aは偶数となる.残りのb,c,dについても同様.(証明終わり)

有理数体に奇素数平方根を二つ添加した体において,整基底を求めるためには分母が2,4の形式のみを考察すればよいことが分かりました.面白いですね.

これを使って\mathbb{Q}(\sqrt{2},\sqrt{3})の整基底を決定すると,分母が4のときには整数は存在せず,従って1,\sqrt{2},\sqrt{3},\dfrac{\sqrt{2}+ \sqrt{6}}{2}が整基底になることが分かります.

この共役数を取って整基底を決定するテクニックは,拡大体がガロア体ならばいつでも通用します.次の記事でx^3 - 3x + 1 = 0の根\alphaを添加した体\mathbb{Q}(\alpha)の整基底を求めて行きたいと思います.







自由研究 ヒルベルトの数論報告を読む #6

定理5は整基底の存在定理でした.この証明を読むと\alphaを体の生成元,mを体の次元,d(\alpha)を判別式,\omega_1,\ldots,\omega_mを整基底とすると
\omega
\omega = \frac{A_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + \cdots + A_m \alpha^{m-1}}{d(\alpha)}
と表現されることが分かります.ここでA_iは有理整数です.

今回はこの定理を愚直に用いて具体的な体の整基底を決定してみます.

例:\alpha = 1 + \sqrt{2} + \sqrt{3} + \sqrt{6}として体\mathbb{Q}(\alpha)の整基底を決定する.
初めに\alphaの最小多項式を求める.
\alpha^2,\alpha^3,\alpha^4を計算し,1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の線形結合であらわす.x^4 = ax^3 + bx^2 + cx + dと仮定し,1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の係数に関して連立一次方程式を立ててそれを解くと,x^4 - 4 x^3 - 16x^2 -8x+4=0\alphaの最小多項式と分かる.

この最小多項式の他の根は\alpha' = 1-\sqrt{2} + \sqrt{3}-\sqrt{6},\alpha'' = 1+\sqrt{2} - \sqrt{3} - \sqrt{6},\\ \alpha''' =  1 - \sqrt{2}-\sqrt{3} + \sqrt{6}
となる.\alphaのDifferente\delta(\alpha)\delta(\alpha) = (\alpha - \alpha')(\alpha - \alpha'')(\alpha-\alpha''') =\\ (2\sqrt{2} + 2\sqrt{6})(2\sqrt{3}+2\sqrt{6})(2\sqrt{2}+2\sqrt{3}) = 8*(12+9\sqrt{2} + 8 \sqrt{3} + 5 \sqrt{6})となる.

\alphaの判別式d(\alpha)はDifferente\delta(\alpha)のノルムなのでこれを計算して,n(\alpha) = 589824 = 2^{16}\cdot 3^2となる.定理5の証明から体\mathbb{Q}(\alpha)の整数は
\omega = \dfrac{ A_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + A_4 \alpha^3}{2^{16} \cdot 3^2}
の形をしていることが分かる.

どの形の数が整数になるかは次のようにして決定する.まずA_1 + A_2 \alpha + A_3 \alpha^2 + A_4 \alpha^3は有理整数a,b,c,dを用いてa + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}と書き直せるので,\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d \sqrt{6}}{2^{16}\cdot 3^2}が整数になる条件を決定すればよい.また\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}}{2^{16} \cdot 3^2}のうち整数があったとき,適当に有理整数倍をすれば\dfrac{a + b \sqrt{2} + c\sqrt{3} + d \sqrt{6}}{2}の形式のうちに整数があることになる.さらに1,\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}は整数なので,それらを適切に差し引けば,a,b,c,d0,1のいずれかとしてよい.そこでまずこの分母が2の形式の中で整数になるものを探す.

総当たりで探索すると\dfrac{\sqrt{6} + \sqrt{2}}{2}が整数であることが分かる.

同様に形式\dfrac{a + b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d\sqrt{6}}{3}の中で整数になるものを探す.ここでちょっとだけ面白い計算方法を発見したので紹介する.数\dfrac{a+ b \sqrt{2} + c \sqrt{3} + d \sqrt{6}}{3}(a,b,c,d)であらわす.

補題1: a \equiv a' , b \equiv b' ,c \equiv c' , d \equiv d' \pmod{3}であるとき
(a,b,c,d)が整数であることと (a',b',c',d')が整数であることは同値.
補題2:(a,b,c,d),(a',b',c',d')が整数,\mu,\nuが有理整数のとき,
(\mu a + \nu a', \mu b + \nu b',\mu c + \nu c' , \mu d + \nu d')は整数である.
これらは定義より明らか.

またある代数的数が整数ならば,その共役も整数であることを用いて次のような計算ができる.
(1,1,1,1)が整数かどうか調べよう.このとき共役(1,2,1,2),(1,2,2,1),(1,1,2,2)も整数となる.さらにこれらを2倍したもの
(2,2,2,2),(2,1,2,1),(2,1,1,2),(2,2,1,1)も整数となる.これらを引き算していくと
(0,1,0,1),(1,0,1,0),(1,1,1,1),(0,1,1,0),(1,0,0,1),(0,0,1,1),(1,1,0,0)も整数となる.
(1,0,1,0) + (1,1,0,0)-(0,1,1,0) = (2,0,0,0)となるので,もし(1,1,1,1)が整数だとすると(2,0,0,0) = \dfrac{2}{3}も整数となり矛盾である.従って(1,1,1,1)は整数でない.

この計算は(1,1,1,1)に関する最小多項式を求めることなく容易に行える.さらに\sqrt{2},\sqrt{3},\sqrt{6}の具体的な数字に影響されない.よってガロア群などの構造が同じであれば(1,1,1,1)はすべて整数でないことが分かる.

長くなったので記事を分割します.このことを応用するとp,qを有理素数としたとき,\mathbb{Q}(\sqrt{p},\sqrt{q})の整数環について何らかの情報が得られそうです.具体的にはrを奇素数とするとき,\dfrac{a + b \sqrt{p} + c \sqrt{q} + d \sqrt{pq}}{r}は整数となり得ない.(追記:トレースをとることで簡単に示せるそうです)

ガウス整数論の計算を少しだけ楽に追う方法 #1

ガウス整数論はいい本です.しかしその計算を自分で確かめようとすると,多大な労力が必要になります.例えば162条において次のような計算がなされます.

a = A\alpha\alpha + 2B\alpha \gamma + C \gamma\gamma = A \alpha' \alpha' + 2B \alpha' \gamma' + C \gamma'\gamma'
a' = A\alpha\alpha' + B(\alpha\gamma' + \gamma \alpha') +C \gamma\gamma'
D = (B^2-AC)
とするとき
a'a' - D(\alpha\gamma' - \gamma\alpha')^2 = aa
となる.

ここで同じ文字を二度繰り返しているのは二乗を表しています.実際にはこのような計算が162条の中だけでも8回登場します.

確かにこれらは代入と式変形で導けるのですが,これらを地道に確認するのは大変です.そこでどうにかしてこの確認作業が楽に行えないかと四苦八苦した結果,次のような見通しの良い計算があることに気が付きました.以下でそれを紹介します.

二行二列の行列\Lambda
\Lambda = \left( 
\begin{array}{cc}
A & B \\
B & C 
\end{array}
\right)
とする.最初に次の二つの補題を示す.
補題1
\Lambda \left( 
\begin{array}{cc}
0 & 1 \\ -1 & 0
\end{array}
\right) \Lambda = 
(B^2 - AC) \left(
\begin{array}{cc}
0 & -1 \\
1 & 0
\end{array}
\right)
補題2
(\begin{array}{cc} a & b \end{array}) \left( \begin{array}{cc}
0 & -1 \\ 1 & 0
\end{array} \right) \left( \begin{array}{c}
c \\ d
\end{array} \right)
 = bc - ad
これらは容易に確認できる.

この行列\Lambdaを用いると
a = (\begin{array}{cc} \alpha & \gamma \end{array}) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha \\ \gamma \end{array} \right) = 
(\begin{array}{cc} \alpha' & \gamma' \end{array} ) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha' \\ \gamma' \end{array} \right)
a' = ( \begin{array}{cc} \alpha & \gamma \end{array}) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha' \\ \gamma' \end{array} \right)
と書くことができる.aa,a'a'をこの行列表示を保ったまま計算する.ただしaaに関しては等式の中辺と右辺を掛け合わせる.
aa = ( \begin{array}{cc} \alpha & \gamma \end{array}) \Lambda \left( \begin{array}{cc} \alpha\alpha' & \alpha \gamma' \\
\gamma \alpha'  & \gamma\gamma' \end{array} \right) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha' \\ \gamma' \end{array} \right)
a'a' = (\begin{array}{cc} \alpha & \gamma \end{array}) \Lambda \left( \begin{array}{cc} \alpha\alpha' & \alpha' \gamma \\
\gamma'\alpha & \gamma\gamma' \end{array} \right) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha' \\ \gamma' \end{array} \right)
となる.中央の二行二列の行列以外はすべて共通なので簡単に差し引くことができ
a'a' - aa = (\alpha' \gamma - \alpha \gamma') (\begin{array}{cc} \alpha & \gamma \end{array}) \Lambda \left( \begin{array}{cc} 0 & 1 
\\ -1 & 0 \end{array} \right) \Lambda \left( \begin{array}{c} \alpha' \\ \gamma' \end{array} \right)
となる.ここで中央の行列から共通因子を括りだした.補題1から真ん中の三つの行列の積は
= (B^2 - AC) \left( \begin{array}{cc} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{array} \right)
となる.補題2を適用することで全体は
a'a' - aa = D(\alpha' \gamma - \alpha \gamma')^2
となり求める式が得られた.

第162条の難解な計算はすべてこれと類似の方法で導くことができます.この記事がガウス整数論を今後読む人の手助けになれば幸いです.