名前のない定理

マニアックな数学

ガウス整数論の計算を少しだけ楽に追う方法 #2

ガウス整数論の以前の記事で次のような計算をしました.

box-white.hatenablog.com

a = Ap^2 + 2Bpq + Cq^2 = Ar^2+2Brs+Cr^2
b = Apr+ B(ps+qr) + Cqs
とするとき
(AC-B^2)(ps-qr)^2 = a^2-b^2
が得られる.
(前回の記事とは文字を変えています.\alpha \mapsto pなど.)

私はこの等式をグレブナー基底を用いて確認しようとしました.つまりf_1 = a-Ap^2-2Bpq-Cq^2
f_2 = a - Ar^2-2Brs-Cr^2
f_3 = b - Apr-B(ps+qr)-Cqs
と置き,多項式イデアルII = (f_1,f_2,f_3)で定義し,グレブナー基底を求め,
(AC-B^2)(ps-qr)^2 - a^2 + b^2イデアルIに属するかどうか計算させようと考えました.

このとき偶然面白い現象を見つけたので報告したいと思います.

イデアルIA,B,C,p,q,r,s,a,bのlex順序でグレブナー基底を計算すると,その中に次のような等式が現れます.
C(ps-qr)^2 = p^2 a - 2prb+r^2a
次にB,C,A,p,q,r,s,a,bのlex順序を使うと
A(ps-qr)^2 = q^2 a - 2 qs b + s^2 a
最後にC,A,B,p,q,r,s,a,bのlex順序を使うと
B(ps-qr)^2 = (pq+rs)a - (ps+qr)b
となります.グレブナー基底の定義からこれらの等式は前提の三つの式を仮定するとすべて正しいことになります.

さらにp,q,r,s,a,b,A,B,Cのlex順序を使うと
(AC-B^2)(q^2 a + s^2 a - 2qsb)-A(a^2-b^2)
グレブナー基底の中に登場します.これと前段落二番目の式と組み合わせることで
A(AC-B^2)(ps-qr)^2 = (AC-B^2)(q^2a-2qs b + s^2 a) = A(a^2-b^2)
となります.ガウス整数論の文脈ではA \neq 0としていたので,ここから
(AC-B^2)(ps-qr)^2 = a^2 - b^2
が得られます.これは最初に目標にしていた等式でした.ガウスの巧妙な式変形がグレブナー基底を使うことで,簡単に再現できました.

さらにq,p,s,r,a,b,A,B,Cのdeglex順序を使うと,次の二つの式がグレブナー基底のうちに現れます.
p(qr-ps)(AC-B^2) = -(sC+rB)a + (qC+pB)b
r(qr-ps)(AC-B^2) = (qC+pB)a - (sC+rB)b
そしてp,q,r,s,a,b,A,B,Cのdegrevlex順序を使うと
q(qr-ps)(AC-B^2) = (rA+sB)a - (pA+qB)b
s(qr-ps)(AC-B^2) = -(pA+qB)a+ (rA+sB)b
が得られます.この四つの式からp,q,r,sの比に関する非自明な等式が得られます.これはガウス整数論にも載っていなかったものです.(ガウスにとって必要なかっただけなのかもしれませんが)

このようにグレブナー基底を使うことで意味深な式を「思いつく」ことができます.この方法を使えば今まで見落としていた巧妙な式変形が見つかるかもしれません.