名前のない定理

マニアックな数学

謎の自由研究 グレブナー基底と仮想次元

グレブナー基底の教科書[1]の中にある次の記述が気になりました.p144
イデアルIを三つの多項式x^{n+1}-yz^{n-1}w,xy^{n-1}-z^n,x^n z-y^n wで生成されるイデアルとする.このときIの被約グレブナー基底のうちにはz^{n^2+1}-y^{n^2}wが含まれる.

残念ながらこの元の論文にアクセスすることはできませんでした.そこでこの記述の証明ができないか考えているうちに仮想次元の方法とも呼ぶべきアイデアに達しました.この方法をつかえばグレブナー基底をよりよく理解することができると思います.

x,y,z,wの文字一つ一つを架空の物理量だと思って,架空の単位を付与します.例えばxにはkgだとかyにはkg^2だとかなどです.ここで単位はあくまで仮に与えるだけであって,何か物理的な意味を持つわけではありません.これを仮想次元と呼ぶことにします.

これだけでは無意味なので次の定義をします.
定義1:多項式fが仮想次元\sigmaに対して整合的であるとは,fの単項式の次元がすべて等しいことを言う.
例1:多項式f = x^2+yを考える.もしx,yにそれぞれkg,kgの仮想次元を付与したとき,fは整合的ではない.ところがx,yにそれぞれkg,kg^2の次元を付与したとき,fは整合的になる.

このとき次の定理が成り立ちます.
定理2:イデアルIの定義方程式の一つをf_1,\ldots,f_rとする.仮想次元\sigmaに対してすべての多項式f_1,\ldots,f_rが整合的であるとき,イデアルIグレブナー基底は仮想次元\sigmaに対して整合的である.
証明:グレブナー基底の作り方から,S多項式S(f_1,f_2)を作るプロセスにおいて仮想次元は再び整合的であること,および割り算アルゴリズムを用いたときも仮想次元は再び整合的であることを示せばよい.
f_1,f_2を仮想次元\sigmaに対して整合的な多項式とする.S多項式S(f_1,f_2)はある単項式x^{\alpha_1},x^{\alpha_2}を用いて
x^{\alpha_1} f_1 - x^{\alpha_2} f_2と表される.ここで二つの多項式x^{\alpha_1} f_1,x^{\alpha_2}f_2は仮想次元\sigmaに対して整合的である.さらにS多項式の作り方からこの二つの多項式は少なくとも一つの単項式を共有する.従って結果として得られる多項式は仮想次元\sigmaに対して整合的である.
f_1f_2で割り算アルゴリズムした結果も同じ理由で整合的である.これで証明は終わった.

この定理2はグレブナー基底の形についての制約となります.

最初の例に戻ります.イデアルIを三つの多項式x^{n+1} - yz^{n-1}w,xy^{n-1} - z^n,x^n z - y^n wで定義されるイデアルとする.
このとき次の二つの問題を提起することができます.
問1:この三つの多項式に整合するような仮想次元は全部で何種類あるか?
問2:そのような仮想次元に対して整合的なグレブナー基底はどんなものか?
一つ一つ解決していきます.
解答1:次元の性質から一つの単位の次数のみを考えればよい.,x,y,z,wの仮想次元の次数をそれぞれa,b,c,dとする.三つの多項式から三つの連立一次方程式が得られる.行列の形で書くと以下の通り.
\left( \begin{array}{cccc} n+1 & -1 & -n+1 & -1 \\ 1 & n-1 & -n & 0 \\ n&-n & 1 & -1 \end{array} \right)
\left( \begin{array}{c} a \\ b \\ c \\ d \end{array} \right) = 
\left(\begin{array}{c} 0 \\ 0 \\ 0 \end{array} \right)
これを解くと
\left( \begin{array}{c} a \\ b \\ c \\ d \end{array} \right) = k \left( \begin{array}{c} -n+1 \\ 1 \\ 0 \\ -n^2 \end{array} \right)
 + l \left( \begin{array}{c} n \\ 0 \\ 1 \\ n^2+1 \end{array} \right)
となります.ここでk,lは任意の整数です.これで問1に答えることができました.

解答2:グレブナー基底の一つをg_1とする.g_1から任意に一つ単項式を選び,それで全体を割ると,それぞれの単項式は無次元量となる.従って無次元量となるような単項式の次数x^{\alpha} y^{\beta} z^{\gamma} w^{\delta}を求めればよい.
上の二つの独立量に対して無次元量となるような指数は,同様の連立方程式を解いて
\left( \begin{array}{c} \alpha \\ \beta \\ \gamma \\ \delta \end{array} \right) = p \left( \begin{array}{c} 1 \\ n-1 \\ -n \\ 0 \end{array} \right) + q \left( \begin{array}{c} 0 \\ n^2 \\ -(n^2+1) \\ 1 \end{array} \right)
となる.これがグレブナー基底に関する制約となる.

またイデアルIは二項イデアルなので,グレブナー基底も二項イデアルとなります.従ってもしグレブナー基底に文字xが登場しないものがあるとすればz^{s(n^2+1)} - y^{sn^2} w^s(ここでsは任意の自然数)の形をしていることが明らかになりました.これらはすべてz^{n^2+1} - y^{n^2} wで割り切れるので被約グレブナー基底の中にこの多項式が出てくることが分かります.

このようなテクニックが開発されました.このテクニックはイデアルの定義方程式の形に依存します.例えばf_1,f_2,f_3のそれぞれに対して整合的な仮想次元\sigmaがあってもf_1,f_2,f_3+f_1とすると整合的ではなくなるかもしれません.

そこで次のような問題が立ちます.
問3:イデアルIの定義方程式をうまいこと改良して,より多くの仮想次元\sigmaが整合的になるようにせよ.
この問題を考えているうちに,「物理イデアル」ともいうべき新しい対象を発見しました.

記事が長くなってきたので分割します.

参考文献[1]D.コックス,J.リトル,D.オシー 「グレブナー基底代数多様体入門」 丸善出版