名前のない定理

マニアックな数学

ハミルトンヤコビ方程式を用いてアトウッドの問題を解く

この文章はyoutubeと連動しています.

ハミルトンヤコビ方程式を用いてアトウッドの滑車の運動を決定していきましょう.

質量の異なる二つのおもりを滑車に連結させます.m_1,m_2をおもりの質量とします.重力加速度をgとします.
m_1 > m_2として,一般化座標qm_1が降下した距離とします.

このときラグランジアンLは運動エネルギーT位置エネルギーUの差なので,
L = \dfrac{1}{2}(m_1+m_2) \dot{q}^2 + (m_1-m_2)gq
となります.正準運動量pは次のようにして求まります.
p = \dfrac{\partial L}{\partial \dot{q}}
ここで偏微分ラグランジアンLq\dot{q}を独立変数としてみなしたときのものです.これを計算すると
p = (m_1+m_2)\dot{q}
となります.ハミルトニアンHH = p \dot{q} - Lなので
H(p,q) = \dfrac{1}{2} \dfrac{1}{m_1+m_2} p^2 - (m_1-m_2)gq
となります.

これから行う作業を先に概観しておきましょう.
1.ハミルトンヤコビ方程式
H\left(\dfrac{\partial S}{\partial q} , q , t\right) + \dfrac{\partial S}{\partial t} = 0
を立てる.
2.方程式を解く.このとき積分定数Aが現れ,S(A,q)となる.
3.Q = \dfrac{\partial S}{\partial A}Qは定数なのでこの式から運動を求める.
の3stepになります.

なぜこれで問題が解けるのか解説しておきます.ハミルトニアンHに対して二つの方程式
\dot{q} = \dfrac{\partial H}{\partial p} ,\dot{p} = -\dfrac{\partial H}{\partial q}
が成り立ちます.この方程式の形を変えないように新しい変数P,Qを作ることを正準変換というのでした.
正準変換の中で上記方程式が簡単になるものを求めることを考えましょう.一番簡単なのはハミルトニアンHが定数になることです.もしハミルトニアンが定数になれば新変数P,Qは時間に対して不変な定数になります.新変数P,Qを用いて旧変数p,qを表せば問題が解けたことになります.

さて正準変換を生成する方法に母関数を用いるものがあります.q,Pの母関数S(q,P,t)を用いて正準変換を作り出し,うまいことハミルトニアンHが恒等的に0にできたとしましょう.このとき
Q = \dfrac{\partial S}{\partial P} , p = \dfrac{\partial S}{\partial q}, H' = H + \dfrac{\partial S}{\partial t}
が成り立ちます.H' =0なので0 = H\left(q,\dfrac{\partial S}{\partial q},t \right) + \dfrac{\partial S}{\partial t}が成り立つわけです.

この方程式を解き,積分定数Aを使ってS(A,q)という解が得られたとします.積分定数Aを新変数Pとして採用し,旧変数との関係を求めてやれば運動方程式が解けることになります.

ここで立ち止まって考えてみましょう.なぜ積分定数Aを新変数Pとして採用するのでしょうか?

例えば質量m_1を新変数Pとして採用したときのことを考えましょう.このとき旧変数q = q(m_1,Q , t),p = p(m_1,Q,t)となります.質量m_1が一般化座標と正準運動量の関数m_1 = m_1(p,q,t)として書けることになります.これは不都合なことです.
正準方程式\dot{q} = \dfrac{\partial H}{\partial p} , \dot{p} = - \dfrac{\partial H}{\partial q}ですが,ここには当たり前すぎて省略された方程式群
\dfrac{\partial m_1}{\partial p} = 0, \dfrac{\partial m_1}{\partial q} = 0などが隠されているわけです.これらをすべて含めたものが正準方程式なわけです.もし質量m_1p,qの関数として書けたとするとこの関係が崩壊し,正準方程式が変わってきます.それゆえ質量などのもとから存在したものは新変数Pとして採用できないのです.

それでは積分定数と一般化座標を混ぜたものA + qなどを新変数Pとして採用できないのでしょうか?ハミルトンヤコビ方程式を解いた結果S(A,q,t)となったとしましょう.このとき積分定数の意味から
H\left(q, \left( \dfrac{\partial S}{\partial q} \right)_{A,t} ,t\right) + \left(\dfrac{\partial S}{\partial t} \right)_{A,q} = 0
が成立しています.ここで偏微分Aを固定してqに対して偏微分を行うという記号です.P = A+qなどとすると
\left( \dfrac{\partial S}{\partial q} \right)_{P,t} \neq \left( \dfrac{\partial S}{\partial q} \right)_{A,t}となりせっかく解いたハミルトンヤコビ方程式が成立しなくなります.逆にP = Aとすると偏微分の関係が保存されうまくいくことが分かります.

長々と説明しましたがアトウッドの問題を解いていきましょう.

H = \dfrac{1}{2}\dfrac{1}{m_1+m_2}p^2-(m_1-m_2)gqなのでハミルトンヤコビ方程式は
\dfrac{1}{2(m_1+m_2)}\left( \dfrac{\partial S}{\partial q} \right)^2 - (m_1-m_2)gq + \dfrac{\partial S}{\partial t} = 0となります.
S = - At  + f(q)の形を持つことを仮定して方程式を解きましょう.
このとき\dfrac{1}{2(m_1+m_2)}\left( \dfrac{ df }{dq} \right)^2 = (m_1-m_2)gq + Aとなります.平方根をとると
\dfrac{df}{dq} = \sqrt{2(m_1+m_2)} \cdot \sqrt{A+(m_1-m_2)gq}
これを解けばf(q) = \dfrac{2}{3(m_1-m_2)g} \sqrt{2(m_1+m_2)}\left(A + (m_1-m_2)gq \right)^{\frac{3}{2}}となります.
S = - At + f(q)と関係式Q = \dfrac{\partial S}{\partial A}より
 -t + \dfrac{\sqrt{2(m_1+m_2)}}{(m_1-m_2)g} \left( A + (m_1-m_2)gq \right)^{\frac{1}{2}} = QQは時間に依存しない定数です.この式をqについて解くと
q = \dfrac{(m_1-m_2)g}{2(m_1+m_2)}t^2 + Ct + D,ここでC,Dはある定数,となってアトウッドの問題が解けました.