名前のない定理

マニアックな数学

代数的整数論 整基底の求め方

問題の確認

 

今回は整基底を実際に求める方法を書いていきます.なぜこんな記事を書こうと思ったかというと整基底を求める方法が管見の限りインターネットになかったからです.今回は有理数の有限次代数拡大ならいつでも使える方法を紹介します.

 

まずは定義から確認していきましょう.

 

ある数\omegaが整数であるとは,\omegaがモニックな(最高次の係数が1の)有理整数係数の根となることです.

 有理数の集合\mathbb{Q}の有限次代数拡大体Kの整数をすべて集めた集合をKの整数環と言います.Kの整数環をLとします.Lには次のような著しい構造があります.

\omega_{1},\omega_{2},\ldots,\omega_{n} \in Lが存在し,Lに属する任意の整数\omegaはある有理整数a_{1},\ldots,a_{n}を用いて

 \omega = a_{1}\omega_{1} + a_{2}\omega_{2} + \cdots + a_{n}\omega_{n}

と表現できる.

 

この\omega_1,\ldots,\omega_nを整数環Lの整基底と言います.今回はこの整基底を求めて見ましょう.

 判別式から整基底の持つ形式を定める

今回求めるのは\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の整基底です.整基底を求めるには判別式を用いて,条件を絞っていくのが一般的です.\mathbb{Z}(\sqrt[3]{6})の元は三つの有理数q_1,q_2,q_3を使ってq_1 + q_2 \sqrt[3]{6} + q_3 \sqrt[3]{36}と書けます.判別式を使って整基底の条件を絞っていきます.

 

ガロア理論から\zeta1の複素3乗根とすると,\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})から共役体\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6}\zeta)への\mathbb{Q}を動かさない同型写像\sigma^{(2)}が存在します.整基底\omega_{1},\omega_{2},\omega_{3}\sigma^{(2)}による像をそれぞれ\omega_{1}^{(2)} ,\omega_{2}^{(2)},\omega_{3}^{(2)}とします.

\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})からもう一つの共役体\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6}\zeta^2)への同型写像\sigma^{(3)}に対しても同様に,\omega_{1}^{(3)},\omega_{2}^{(3)},\omega_{3}^{(3)}を定義します.(今は整基底が分かっていませんが,ともかくこのような数を作ることができます.)

ここで整数環の判別式とは次の行列の行列式

\begin{bmatrix} \omega_{1} \quad \omega_{2} \quad \omega_{3} \\  \omega_{1}^{(2)} \quad \omega_{2}^{(2)} \quad \omega_{3}^{(2)} \\ \omega_{1}^{(3)} \quad \omega_{2}^{(3)} \quad \omega_{3}^{(3)} \end{bmatrix}

 の平方で定義されます.判別式は有理整数になるという性質があります.(共役体への任意の置換で不変で,従って判別式は\mathbb{Q}の元.さらに整数でもあるので,有理整数.)この判別式の値をdとしましょう.

 

今三つの数1,\sqrt[3]{6} , \sqrt[3]{36}は明らかに\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})に属する整数です.それぞれx-1 = 0,x^3-6=0,x^3-36 = 0なるモニック有理整数係数方程式の根となるからです.さらにこれらは体\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})\mathbb{Q}上の線形空間とみなしたときの基底となります.整基底の定義から

\begin{pmatrix} 1 \\ \sqrt[3]{6} \\ \sqrt[3]{36} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} a_{11} \quad a_{12} \quad a_{13} \\ a_{21} \quad a_{22} \quad a_{23} \\ a_{31} \quad a_{32} \quad a_{33} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \omega_{1} \\ \omega_{2} \\ \omega_{3} \end{pmatrix}

 なる有理整数a_{ij}が存在します.a_{ij}で作られる行列をAとしましょう.1,\sqrt[3]{6} , \sqrt[3]{36}は体を\mathbb{Q}上の線形空間としてみたときの基底でしたので,A行列式0ではありません.

 

1,\sqrt[3]{6},\sqrt[3]{36}\sigma^{(2)},\sigma^{(3)}による像を考えます.1 = a_{11}\omega_{1} + a_{12}\omega_{2} + a_{13}\omega_{3}から,\sigma^{(2)}(1) = a_{11} \omega_{1}^{(2)} + a_{12}\omega_{2}^{(2)} + a_{13} \omega_{3}^{(2)}となります.これらをまとめると次の行列の形をした等式が得られます.

\begin{pmatrix} 1 \quad 1 \quad 1 \\ \sqrt[3]{6} \quad \sqrt[3]{6}\zeta \quad \sqrt[3]{6}\zeta^2 \\ \sqrt[3]{36} \quad \sqrt[3]{36}\zeta^2 \quad \sqrt[3]{36} \zeta \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} a_{11} \quad a_{12} \quad a_{13} \\ a_{21} \quad a_{22} \quad a_{23} \\ a_{31} \quad a_{32} \quad a_{33} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \omega_{1} \quad \omega_{1}^{(2)} \quad \omega_{1}^{(3)} \\ \omega_{2} \quad \omega_{2}^{(2)} \quad \omega_{2}^{(3)} \\ \omega_{3} \quad \omega_{3}^{(2)} \quad \omega_{3}^{(3)} \end{pmatrix}

 

ここで両辺の行列式をとり,さらにそれを二乗します.具体的な値を計算すると

-3 \times 18^2 = |A|^2 d

となります.d|A|は有理整数でしたので,|A|18の約数です.さてA逆行列Bは有理整数b_{ij}を用いて

B = \frac{1}{|A|} \begin{pmatrix} b_{11} \quad b_{12} \quad b_{13} \\ b_{21} \quad b_{22} \quad b_{23} \\ b_{31} \quad  b_{32} \quad b_{33} \end{pmatrix}

となります.

\begin{pmatrix} 1 \\ \sqrt[3]{6} \\ \sqrt[3]{36} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} a_{11} \quad a_{12} \quad a_{13} \\ a_{21} \quad a_{22} \quad a_{23} \\ a_{31} \quad a_{32} \quad a_{33} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \omega_{1} \\ \omega_{2} \\ \omega_{3} \end{pmatrix}

B \begin{pmatrix} 1 \\ \sqrt[3]{6} \\ \sqrt[3]{36} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \omega_{1} \\ \omega_{2} \\ \omega_{3} \end{pmatrix} 

より整基底は有理整数a,b,cを用いて\omega_{1} = \dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}なる形を持つことが分かりました.このことから\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の整数はすべて\dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}なる形をしていることが分かりました.

 

事実1:

\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の任意の整数はa,b,cを有理整数として\dfrac{a+ b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}の形式を持つ.

 

\omegaを整数とするとき,三つの数\omega - 1,\omega-\sqrt[3]{6},\omega-\sqrt[3]{36}は再び整数になることなどを考えると,ある整数から有理整数 0 \leq a \leq 17,0 \leq b \leq 17 ,0 \leq c \leq 17\dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}が整数となるものを作ることができます.この形式を持ち整数になる数をすべて調べれば,\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の整数をすべて求めることができます.従って問題は\dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}が整数となる 0 \leq a \leq 17,0 \leq b \leq 17 ,0 \leq c \leq 17を探索することに帰着されました.あとはこれが整数となるかどうかを一つ一つのa,b,cに対してしらみつぶしに検討すればいいことになります.

 

候補の中から整数となるものを見出す

 x = \dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}とし,xを根に持つ有理数係数の方程式を見つけていきます.18x - a = b\sqrt[3]{6} + c\sqrt[3]{36}です.この両辺を3乗すると,(18x-a)^3 = 6b^3 + 36 c^3 + 18bc(b\sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36})となります.それゆえ

(18x-a)^3 = 6b^3 + 36c^3 + 18bc (18x-a)

となり,これがxを根に持つ有理数係数の方程式となります.モニックな方程式にするために両辺を18^3で割りましょう.ついでに式を展開すると,

x^3 - \dfrac{a}{6}x^2 + \dfrac{a^2 + 6bc}{6\times 18}x - \dfrac{1}{18^3}(a^3 + 6b^3 + 36c^3 -18abc) = 0

となります.この係数たちが有理整数になるときxは整数になります.

 

x^2の項が有理整数という条件と,0 \leq a \leq 17という条件から a = 0,6,12の三つの可能性があります.

 

a = 0のとき

定数項は\dfrac{b^3 + 6c^3}{3 \times 18^2}となります.これが有理整数となるにはまず分子は6の倍数でなければなりません.それゆえ有理整数mを用いてb = 6mとなります.そのとき定数項は\dfrac{36m^3 + c^3}{3^2 \times 18}となりますが,これまた分子は6の倍数でなければいけないので,c = 6nとなります.定数項は\dfrac{2m^3 + 12n^3}{3^2}となります.このとき分子は3の倍数でなければならないので,m3の倍数ということになりますが,これは0 \leq b \leq 17であったことからb = 0が結論できます.このとき定数項は\dfrac{4n^3}{3}となり,n3の倍数ということになり,c = 0であることも分かります.よって a = 0であるとき,b = 0,c = 0のみが整数になることが分かりました.

 

a = 6,a = 12のときも倍数判定を用いることで,容易に決着がつき,xが整数になるようなケースはないことが分かります.

 

事実2:

形式\dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c\sqrt[3]{36}}{18}が整数で0\leq a \leq 17,0 \leq b \leq 17, 0 \leq c \leq 17となるものはa = b = c = 0のときの0のみである.

 

事実1から\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})のすべての整数は形式\dfrac{a + b \sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}を持ちます.ここから1,\sqrt[3]{6},\sqrt[3]{36}を引いて行って,係数a,b,cを三つとも0以上17以下の有理整数にすることができます.整数から整数を引けば整数なので,\dfrac{a + b\sqrt[3]{6} + c \sqrt[3]{36}}{18}も整数となります.ところが事実2からa = b = c= 0となります.これはもともとの係数a,b,cがすべて18の倍数であることになります.従って\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の整数は1,\sqrt[3]{6},\sqrt[3]{36}の有理整数係数の線形結合で尽くされることが分かりました.

よって\mathbb{Q}(\sqrt[3]{6})の整基底は1,\sqrt[3]{6},\sqrt[3]{36}であることが言えました.

 

 方法のおさらい

整基底を求める方法をおさらいしておきましょう.

 

1.\mathbb{Q}上で一次独立である整数\alpha_{1},\ldots,\alpha_{n}を見出す.

2.Kの共役体と共役写像を求める.

3.1で求めた整数と2で求めた共役写像から\alpha_1,\ldots,\alpha_nに関する行列を作り行列式の平方を計算する.これは有理整数になるが,この有理整数の平方因子をsとする.

4.整基底はx = \dfrac{a_{1}\alpha_{1} + \cdots + a_{n}\alpha_{n}}{s}の形をしていることが言える.0 \leq a_{1} \leq s , \ldots, 0 \leq a_{n} \leq sxが整数となるものを見出す.これは有限回の操作で可能.

5.4.の情報を基にすべての整数を表現する基底を求める.(今回の場合その必要はなかった.)

 

以上でこの記事は終わりです.ご高覧ありがとうございました.

 

(追記)2023/3/29大幅に追記.初歩的なミスを訂正.